確かに少年期には、傳役として晴信の教育に熱心だった男だ。信用はしてる。
「これ以上、諏訪郡代の力を大きくしたくない!保科が板垣の下に入れば、まるで信方は大名ではないか!」
「いいや、諏訪でも有賀と瀬沢は御館様の守護の聞く場所ですし、小県の諏訪領はこの和睦から信濃守護の守護権が働きます。制約は以前より強いはずです。」
「瀬沢は諏訪ではない。甲斐ぞ!」
「し、失礼しました…。」
晴信の言う「瀬沢は甲斐」は守護権の問題であって、勘助が思わず言った「瀬沢は諏訪」は、地図上に記された常識論である。
「とはいえ解せん。」
「力は家臣に与えても、情報を御館様が支配すれば良いのです。情報を取れば時代を先取り出来ます。板垣様も苦渋の決断で、小県に余所者のちょっかいを受ける事を認めたのです。ここはその為の恩賞と思って下さい。」
勘助は晴信を説得した。しかし晴信は認めたくは無い。やはり当主より力の強い家臣がいては、自分の傀儡意識が増殖されてしまうからだ。晴信はまだ若いから、情報統制力はまだ勘助の足元にも及ばないのだ。
だから勘助も、もう一押し説得する。
「板垣様に与えるのは、人と土地です。情報ではありません。そこに重点を置いてください、御館様。」
「情報情報としつこく言うが、具体的に何の情報じゃ、山本勘助っ!」
それを勘助は、こう野太い声で一言ズシリと返した。
「分国法でござるっ!」
「ぶ、分国法…?」
「これが出来れば、領内全てに御館様直属の役人を置けます。それに龍治様の評判は、全て分国法のある場所が前提になってるのをご存知ですか?」
「朝倉と大内か。なら讃岐は?武蔵は?」
「讃岐は修行だけで成果はありません。武蔵は一村のみの救済です。あの方の治水は、慣例法や独自支配の強い場所では、絶対に出来ないのです。」
「た、確かに話を聞いて、それは感じた。」
「御館様が、傀儡から脱出出来るには、先ず法律(憲法)からです。情報さえ支配出来てしまえば、下克上は防げます。」
これは裏を返せば、下克上の条件は確かに武力増強も必要だが、それ以上に情報支配であると、勘助は言いたかったのだ。
晴信は、不安で心臓の鼓動が高まる。勘助に尋ねてみた。
「前例というか、例えはあるのか?」
「それこそ、あの大(だい)大内家です。」
勘助は、一言でしっかりと答えた。
【第13章「第二次上伊那侵攻戦」(了)の最新記事】






