勘助は龍治一行を躑躅ヶ崎に案内する役目として、特にこの件では直接の上司となっている桜湖姫には合わせたい。
晴信にも会わせる事にもなるが。
「さあ龍治様、甲府へ案内します。」
しかし、龍治は動かない。
「少しお待ち下さい…。」
龍治は盆地の周囲を見渡す。特に西の南アルプス連峰手前の山々には注意を引いた。
「なるほど、甲斐は洪水多き国と聞きましたが、これではそうなりますよね…。」
勘助は、少し意味が捉えきれなかった。
「しかし、大雨や嵐なら何処の国にも来るでしょう。山国なら流れも急ですし、なお更です。」
「自然のせいだと?」
「そう考えるのが当然です。」
「あの山を見て下さい。」
勘助は、龍治の指した北西の山を見た。それに龍治は説明する。
「木々の多い山は、水をよく吸って山の中に蓄えますが、あのようなハゲ山では、吸った水は直ぐ川に流します。山の腹に無数ある畑、恐らく税金隠しでしょうが、耕した土は柔らいです。それでは山に水が余計に溜まりません。そんな山があの川の左右にありますよね。」
勘助はその川を見た。暴れ側で有名なあの御勅使川だった。
「更に、その奥の山も南に連なる山々も皆、同じですよね。水を蓄えない山は一重に洪水の原因です。治水とは高くて素晴らしい堤防を作れば良いという物ではありませんわ。むしろ、周りの自然への気配り・目配り・心配りが大事ですから。」
龍治は、御勅使川洪水のシステムから歴史まで、この山ノ神という遠い場所から見ただけで、一発で解明したのだ。
「しかし、こんなに沢山のハゲ山を見たのは初めてです。あの川にぶつかるこの川が、あそこ(竜王)で川が三つに分かれるのも、その影響ですね。洪水になれば、この辺は湖みたいになる。なんとも大変な国に来ました…。」
これは並ならぬ覚悟を要すると、龍治は背筋が凍る思いがした。
震えた龍治に勘助は心配する。
「甲斐の冬は、さすがに答えるでしょう。」
「いいえ、こんな厳しい場所にも人は住んでます。誰もが先祖代々、そんな洪水に悩まされている。そんな人たちの魂の叫びが聞こえます。このような状況から抜け出したい、その為に、天は私をここに呼んだのです…。」
「某が呼んだのは、瀬沢の件です。」
「はい。ですが、知ってしまった以上は私が買ってでもやらなければ。甲斐の国の洪水は、天災以上に、政の悪循環から来た人災ですわ…。」
言ってしまえば、土地開発に計画性が全く無いのだ。統一国家とはいえど、守護晴信が介入出来ない土地も沢山あるからだ。
各自領主達の、独自性の高い土地開発こそが洪水を引き起こし、土地を貧しくする。
皮肉にも甲斐国の歴史とは、古代からずっとその繰り返しなのである。
しかし、勘助は分かってはいても、内政に首を突っ込まれたのだ。
「あの、政にあれこれ申されると、某はともかく周りの者たちが…。」
「はっ、申し訳ございません。」
龍治は、ハニカミで照れた。
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2008年05月11日
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久良岐 満

