蔵原と周辺農村の問題に、領民が理解を示した事で、勘助派狼の件を山師に任せた。
そしてその足で直ぐに瀬沢に向かいたかったが、秋津からの手紙が来た。
勘助は直ぐに読む。
「なになに、十二月一日に甲府に来るから、堤防作りは待って欲しい…。」
成程、先日秋津に依頼した龍治の説得に成功して、連れてくるのかと、その手紙の中には書かれている。
直ぐに堤防増築開始といきたいが、佐五郎に手紙を送り、工事再開の延長を指示した。
佐五郎はその旨を、瀬沢の住民に伝えたが、また担当が変わるのかと文句をつけた。
「武田は、やはりワシ等を弄ぶ!」
しかし、佐五郎はそれを否定する。
「大丈夫じゃ。今度の方は、ちゃんとした堤防を作れる実績も高い方じゃ。」
そう説得して、勘助に対する不信感を何とか抱かせないように勤めた。
勘助は、早速甲府へと赴く。晴信は長時との和睦の最終段階に向けての細かい調整のために、未だに上原城から戻っていない。
しかし、有賀城代の原美濃守虎胤は、甲府に戻ってきていた。婚礼の準備の為である。
桜湖姫に、監督者交代の旨を以前から伝えていた勘助は、龍治の到着日を知らされた。
「すぐですね。分かりました…。」
どこか元気が無い。
「迎えの準備を致します。」
「お願いします。」
こうして用を済ませて勘助は去る。桜湖の悩みは寅王丸を何時僧籍に入れるかである。
男子を産んだと分かってから、僧籍に入れなければならないが、子種が入った今、どちらを産むかは不安と言うか何と言うか、子供には罪など無いのに、
「これが大人の都合…?」
と悩み続けるのである。
躑躅ヶ崎を出る勘助に、原美濃守とすれ違う。気分はすこぶる上々だ。
「おおっ、山本殿っ。」
「これは原殿。」
「もうすぐじゃな。楽しみに待ってろよ!」
ただそう言って、躑躅ヶ崎の中に入っていった。勘助は一つ聞きたい事があったが。
「せめて、嫁の名前だけでも…。」
そうだ、楓に聞けば分かると思い、甲府大泉寺南の勘助屋敷に戻って楓に聞いてみた。
「ええ。確か『ハコ』殿と言ってました。」
「箱…?」
「いいえ。箱ではなく、ハコ。」
「そうか、分かった。」
「そうじゃ。十二月一日に秋津と龍治様が来る。直ぐに迎えの準備じゃ。」
「宿泊は、大泉寺が引き受けてくれました。」
いくさで指示が出来なかったが、ある程度は進めてくれたのかと、勘助はホッとした。
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物語を読む上で、結構重要なベースになりますので、是非ご一見ください! |
2008年05月09日
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久良岐 満

