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これは戦国武将小笠原長時が愛した「小笠原牡丹」です。
5月中旬が見ごろ!純白がとても綺麗な花です♪
16日にこれを写メしに、松本まで行きました。

2008年11月22日

品第914:税率と立法(19章6節「法度施行、喧嘩両成敗の件」5)

 その勘助の説明に、晴信は頷いた。
「左様じゃ。氏康が『税』で攻めるなら、ワシ『法』で攻めたい。その為には武田家は、優れた立法国家としての宣伝が必要じゃ!」
 という考えである。
 無論法律を定めた以上、国内向きのものである。しかし日本人は、戦国時代まで立法概念がまるで希薄だったのだ。
 確かに法律は、古代から存在する。しかし、事あるごとに破り、無効にしてきたのだ。
 そんな法律ばかりで信用出来ないから、自力救済が常識の世の中になったのである。
 分国法の戦国時代でさえ、それが出せない国家の方が多いのだから。

 兎に角耳と鼻を削がれた寺沢と赤口は、甲斐と武蔵国境の雁坂峠の麓で、数多の通行人の通る中で処刑され、野ざらしにされた。
 そしてこれは道行く人の噂となり、秩父から上州に伝わるのも素早かったのである。

 平井城では、お香の香りが妙にきつい本丸御殿で、管領上杉憲政が金文鉉に学問を教わってる。
 文鉉の弟子が慌ててやって来て、文鉉に耳打ちした。
 憲政は気にかける。
「どうしたのじゃ?」
「あっ、いいえ、なんでもありません。今日の講義はここまでにいたしましょう。」
 と文鉉は慌てて退出する。

 その時菅野大膳は、賄賂を貰った武士の無罪を言い渡し、村人の訴えを退けた最中にこの一件を聞かされ、上原兵庫はようやく病欠(仮病)から登城し、得意の帳簿改竄の最中に聞かされた。
 三人は密室を用意して、話し合う。
「しかし、武田も愚かよのう。」
「法で国を治めるだとよ。」
「徳が無いから法にすがるとは、野蛮ぶりも極まれりじゃ。ブヒャハハハ!」
 と、まるで危機感が無い。
「それより、あの高田の古狸じゃ。」
 大膳が話題を変えた。憲政政権初期の中心人物だった高田憲頼が、河越決戦以降、松山城を取り返した太田資正のスポンサーになるなどして、息を吹き返したのだ。
 今や三奉行を中心とする政権与党を動揺させるほどの、盛り返しである。
 文鉉が恨みの形相満載に言い放つ。
「高田の不忠ゴミ倭人野郎に、美しくも偉大な御館様を奪われてたまるものか!」
 三人は甲州法度について集まったにもかかわらず、二言目には派閥と保身に話題が変わる。
 でも上原兵庫は少し考えが違っていた。
「あの、甲州法度…。」
 と本題に戻そうとしても、二人に睨まれるだけだった。



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posted by 久良岐 満 at 06:59| Comment(0) | 第19章「甲州法度施行」(了) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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